命どぅ宝 バイオエッセイコーナー

免疫と護身

亜熱帯、琉球大学医学部で免疫学を担当しております田中勇悦です。沖繩本島で琉球料理を食べながらつつましく暮らしております。私の研究のメインテーマはHIV-1とHTLV-Iの感染制御です。自らHIVの感染実験をしています。研究の他には、琉大の学部と大学院の免疫学の講義と実習を担当しています。こんな日常ですが、週3~4回、躰道という沖繩空手から生まれた護身武道を新設琉大躰道部と首里道場で教えています。私は躰道の7段教士です。道場生に教えているというよりは、教えさせていただいていると表現するのが適当です。初心者を教えることで新たな稽古方法の発見に喜び、スローですが学生や子供達の技の上達を喜んでいるからです。免疫もself-defenseも個体の「命」を守るために不可欠な生命活動です。免疫応答と神経系は密接に関連すると言われます。自然界では動物は生命の危機を逃れるため全身の感覚を集中し敵に対処する護身行動を見せます。このような危機回避の行動は逆に神経を介して免疫機構に良い影響を及ぼすと思います。幸い日本では武道が、生命防御運動を文化レベルまで昇華させてきました。私の野望ですが、将来、免疫能力を高めるような躰道の技を研究開発したいと考えています。躰道では内臓の経絡を刺激するのでその可能性はゼロではないと信じております。

数年前、抗菌ペプチド(defensin)の発見者であるザフロス先生と会う機会に恵まれました。細菌に対する強力な生体防御システムをずっと研究してきた先生ですが、武道にとても興味をもたれ、沖縄空手の一撃必殺技を説明してくれとおっしゃるので身振り手振りで紹介すると目を丸くしておられました。急所に当たれば、素手でもヒトの息の根を止める事は簡単にできます。胴体や顔面・頭部の中心にある経絡を狙うのです。ザフロス先生によると、抗菌ペプチドも敵対する細菌に一発で穴をあけるそうです。


馬血清とCTL

私の研究歴を紹介します。生まれは昭和29年秋田県、昭和54年に京都大学で医博を頂きました。論文タイトルはEBウイルストランスフォーム自家細胞株に対するヒトCTLクロンのHLA拘束の多様性でした。直々の指導教官は現在東北大学医学部長の菅村和夫先生、担当教授は文化功労賞を受賞した日沼頼夫先生でした。大学院で鮮明に思い出すのは、熊本大学で研究をした一年生の時です。その頃インターフェロンの研究が盛んになったため牛胎児血清が製薬会社に買い占められ高騰しました。7万とか8万円の値段でした。日沼研究室といえども一般の実験ではFCS使用禁止令が出されました。当時T細胞増殖因子(TCGF)でヒトT細胞を長期間培養することがテーマだったので、この異変には大変困りました。そこで近くの屠殺場に頼んで、馬の血液を大量にもらってきたことがあります。馬の血清は細胞増殖抑制因子のレベルが低いのです。コンクリートの屠殺場には、馬がいました。馬刺しになる馬でしょう。おじさんは馬と目を合わせないようにしながら横に立ち、両手でもったハンマーを振りかざし、そして馬の眉間を一撃するのです。どうっと馬は倒れます。おじさんはナイフで頚動脈をさっと切って“どうぞ”って言うのです。あまりにも素早い処理に唖然としながらも、ぼろぼろの白衣を着て長靴を履いた私は、吹き出す血液に横から青いバケツをさしだしてジャーと集めるのです。ラボに持ち帰り、その血液を“ザイツのろ過滅菌器”を通すのですが、目詰まりの連続に難儀して血清を調製した思い出があります。そんな馬血清でしたが、加熱して非働化しても牛胎児血清(FCS)のように正常T細胞の増殖を長期に維持させるロットは一つもありませんでした。その時以来、FCSの無駄使いだけはできません。


細胞培養と発見

大学院修了後は、北里大学でHTLV-Iウイルスや感染細胞が発現する特殊抗原を単クロン抗体で解析する研究をしておりました。精製ウイルスを免疫して取れた抗体の中には、anti-Tac と類似したIL-2Rαを認識するもの、OX40Lに対するものがあり、新たな方向へ研究の展開がありました。現在でもOX40-OX40Lの相互反応がHIV-1感染に及ぼす影響を研究しております。そして、ヒトT細胞クロン化と単クロン抗体作製が自由にできるということだけが取り柄でしたが、日沼先生の推薦により昭和60年からペンシルバニア州立大学医学部微生物学教室に留学することができました。場所は、米国一のチョコレートタウンHersheyにあるメディカルセンターです。そこでは、Tevethia教授のもとでSV40腫瘍に対するCTLエピトープの研究をしました。2年半の研究でしたが、種々のマウスCTLクロンを樹立し、最終的にはCTLクロンをエスケープする腫瘍を樹立し、その腫瘍特異的移植拒絶抗原(TSTA)には変異があることを独自に証明することができました。この研究の発端は私のサボタージュでした。つまり、CTLは増殖を維持するためにガンマ線照射したSV40腫瘍細胞と定期的に混合培養する必要がありますが、混合培養でCTLによって殺されるのだから、刺激細胞にはガンマ線照射など不用であるという勝手な思いです。実は、6階の実験室から地下一階のガンマ線室に降りて行く事が面倒で、また照射時間10分を一人で待つのが嫌いだっただけです。このさぼりアイディアはうまく行きました。しかし、1ヶ月後、培養CTLに変化が出てきました。それは、SV40トランスフォーム細胞とよく似たコロニーが出現したことでした。おっ、CTLがSV40で腫瘍化したのか?と思いました。しかし、変な細胞はT細胞マーカーが陰性だったのです。つまり、腫瘍細胞のエスケープです。面白い事に、当時培養維持していたのは4種類のエピトープ特異性を持つCTLでしたが、それぞれの培養フラスコで出現したエスケープ細胞は他のCTLには感受性だったことです。各エスケープ細胞のT抗原をSDS-PAGEで調べると、ちょうどエピトープのある領域に大きな欠損がありました。驚きました。また、当時としては初めてでしたが、CTL腫瘍特異抗原がペプチドであることも明らかにし、エスケープ細胞に標的ペプチドをまぶすとCTL感受性を取り戻すことも証明できました。


再度HTLV-I免疫へ

北里大学理学部に復職し、HTLV-Iの感染防御ペプチドワクチンやCTLの研究を始めましました。それまでHTLV-Iの感染を中和する単クロン抗体はありませんでした。私も何度もトライしましたが、どれも非中和でした。そこで、BALB/cに代えてWKA/Hラットで単クロン抗体作製を試みたところ、簡単に中和抗体が得られました。アッセイ方法は、HTLV-I感染細胞と感受性細胞Molt4を混合培養し、出現する合胞体(syncytium)の形成阻止をみるものです。96ウエルプレートで中和を観察した時は、しばらく呼吸が止まるほど嬉しかったです。でも気の小さい私は、自分の目を昨日の手技を疑いましたが直ぐに再現性を確認できました。他には、B6マウスも中和抗体をよく産生しましたが、F344ラットでは非中和抗体だけが誘導されただけでした。この中和抗体の御陰で、HTLV-Iのenv gp46のアミノ酸190周辺に中和エピトープが存在することが分かり、その領域を模倣した合成ペプチドを免疫するとラットでもウサギでも中和抗体が誘導され、ウサギでは感染防御を証明できました。したがってペプチドワクチンの骨格はすでに決定できているのですが、ヒトに応用するにはアジュバントの改良が必須であり、その先はまだ進んでいません。また、CTLの研究では、ラット近交系を使い、WKAラットではHTLV-Iのenv抗原が、F344ラットではgag抗原が標的抗原であることを突き止めました。HIV-1の研究では、感染症研究所エイズ研究センター長の山本直樹先生と京大ウイルス研の小柳教授に御指導をいただきました。発端は、小柳先生のhu-PBL-SCIDを一緒にやってくれないかというお誘いでした。


兵法とHIVへの戦略

話が飛びますが、孫子の兵法に、「兵は詭道(きどう:だますこと)なり」、「彼(か)を知りて己(おのれ)を知れば百戦してあやうからず」、という教えがあります。これは私の躰道先生である祝嶺先生(躰道の創始者)から解説してもらったものですが、ここで兵とは戦争のことです。意味は、「戦争では相手を騙して勝つのであり、それが戦略である。その為には相手に関する情報を集め、味方の力量と比べ研究し策略を練りなさい。」という教えです。これは武道家や格闘技家のみならず、新興あるは復興病原微生物感染に対する宿主免疫応答を研究する私にも深い意味を持つ教えだと思います。
現在、私の主な研究テーマは、HIV-1ウイルス感染の人為的制御です。HIV-1は標的細胞のCD4分子と結合しケモカイン受容体を介して感染しますが、臨床的に重要なのはケモカイン受容体はCCR5とCXCR4の二つです。CCR5を使うのがR5 HIV-1株、CXCR4を使うのがX4 HIV-1株です。R5 HIV-1は人から人へ感染するウイルスで、X4 HIV-1はR5 HIV-1が個体の中で変異して出てくる病原性の高いウイルスです。このような敵の情報をもとにしてつぎのような戦略を立てました。それは、宿主(味方)の対R5 HIV-1戦力として樹状細胞免疫で誘導したCD4+T細胞を、対X4 HIV-1戦力としてCXCR4アンタゴニストを用いる併用戦略です。実験は現在進行中ですが、これまでの経過を簡単に紹介したいと思います。


ヒトとマウスのキメラ作製:hu-PBL-SCID マウス

これ10年間、ヒトのPBMCを移植した重度免疫不全(SCID)マウスを使って、個体レベルでのHIV-1感染実験を行ってきました。もちろん感染性ウイルスを使います。hu-PBL-SCIDを作るにはドナーにより生着率が大きく異なるので、予めドナーを選択する必要があります。私はベストドナーの一人です。なんの自慢にもなりませんが、人に頼らずとも自分の血液で実験ができることが利点です。オーソドックスな腹腔内接種法では、マウス一匹に最低でも1000万個のPBMCを移植します。20匹のhu-PBL-SCIDを作るには200mlの採血をします。大変ですが、でも研究のためなのでじっと我慢します。このC.B-17系統のマウスを使ったこの方法は、X4 HIV-1感染実験には不可欠です。しかし、欠点があり、移植した人のT細胞がマウスの肝臓や肺を攻撃するGVHDの頻度が高いことです。解決法として、移植PBMCの数を100万~300万個まで減らし、直接脾臓に移植する方法を開発しました。脾臓は第二リンパ組織なのだからでしょうか、移植リンパ球も増えやすく、他の臓器にはあまり浸潤しません。R5 HIV-1の感染実験に適します。この方法だと20匹のhu-PBL-SCIDを作るのに採血は50 mlですみます。このオリジナルな技を秘蔵脾臓打ちと教室では呼んでいます。脾臓に移植したPBMCは脾臓に限局して生着し、CD4+T細胞もCD8+T細胞も2週間で5~10倍に増殖します。秘蔵脾臓打ちでは、SCIDマウスを麻酔し、1cm位開いたお腹から脾臓を丁寧に引き出し、50 ulの細胞浮遊液を注入します。インスリン接種用の特殊シリンジを使います。その後、縫合せずに外科用のアロンαで皮膚を接着する簡単手術です。(このモデル系を使って見たい方は御連絡ください)。


樹状細胞免疫

不活化R5 HIV-1で感作した40万個の培養樹状細胞(DC)を300万個の正常PBMCとともにマウスの脾臓に移植し、不活化HIV-1で感作DCの追免疫を1回行うとHIV-1に対するCD4+T細胞免疫応答が誘導できます。重要な発見は、HIV-1-DC免疫マウスは全てR5 HIV-1に感染抵抗性を獲得することです。この感染抵抗性は、X4 HIV-1で免疫したマウスでも誘導されます。そのウイルス抵抗因子は血清に含まれ、in vitroでもR5 HIV-1ウイルスの活性化PBMCへの感染を阻止しました。CXCR4を使うX4 HIV-1の感染は全く効きません。しかし、CXCR4アンタゴニストと併用することで解決されました。今後、樹状細胞の誘導法を工夫改良することにより、より効果的な樹状細胞免疫療法が可能となるに違いないと考えています。


命の実感

我々の体の免疫とは病原微生物との生存競争の中で獲得した生体防御応答です。現在、それを脅かす代表はHIV-1です。免疫の中枢細胞である樹状細胞やヘルパーT細胞が攻撃され日和見感染で命を落とす病気がエイズです。免疫応答が如何に大事かの証明です。免疫はミクロの世界で微生物の侵から私達の命を大切に守っています。一方、弱肉強食のマクロの自然界は危険だらけです。生存するために免疫は無能であり、人間社会といえども護身の意識は必要不可欠になっています。
ところで命ってなんですか?と聞かれたらどう答えればいいのでしょうか?こちらの医学部で答えられる学生はゼロでした。言葉にできなくても、日常で、命の危険を感じるような“ひやっ”とした体験は多かれ少なかれ誰にでもあるでしょう。逆に何かに感動し、感極まり「ああ、生きていてよかったなぁ」と素直に涙す瞬間も命を感じていると言えます。脳は知っているのです。
私は武道家の端くれでもありますので、道場では命の大切さを真っ先に教えます。誰にでも命を実感できる簡単な動作があります。免疫となんの関係があるのか、後から分かりますので、ちょっとやってみましょう。

(1) 鏡を用意して、あるいは鏡の前で自分の顔を見ます。
(2) リラックスしておもいきり息を吸い込み、止めます。
(3) じっと呼吸を止め、顔が真っ赤になり苦しさの限界まで頑張ります。
(4) そしてハーッと吐きます。
(5) 普通の呼吸をします。
(6) 次に、息を全部吐き出し止めます。
(7) じっと呼吸を止め、顔が真っ赤になり苦しさの限界まで頑張ります。
(8) そしてスーッと吸います。

さて、何を感じたでしょうか?苦しくなって息を吐き出した瞬間、自分の顔が赤鬼状態から急変し笑顔になりましたか?また無呼吸で苦しくなって息を吸った時、またまた笑顔となり空気の優しさや美味さを感じたのではないでしょうか?この方法であの世まで行く人はいないと思いますが、生命の極限状態から生還したこと、つまり命を脳が喜ぶのです。普段、なにも気にすることなく私達はスーハー、スーハーしていますが、スーハーがあの世との縁を切っているのです。これを武道では体気(呼吸の法則)と言います。K-1やスポーツ格闘技にはその思想はありませんが、伝統武道では呼吸の稽古が重要視されます。別の観点からみると個体としてのエネルギーを生み出す大本が命です。


そして

沖繩では昔から命どぅ宝(ぬちどぅたから)と言われてきました。命を粗末にするなということです。葉隠れでは、武士のあるべき姿とは犬死はしないことと言われます。これらの言葉には、自分の命だけでなく人の命も大切にしなさいという意味もあります。子供の頃、「にらめっこしましょ、あっぷっぷ、、、、、」でプファーって大笑いしたのを思い出しませんか?友達も生きててにっこり、こっちもにっこり。仲間と命を確かめあうことは幸福の原点でもあります。体内では免疫により微生物から守られている自分の命、社会ではお互いの思いやりや規律によって守られているこの命をどう生かすのか?武道家端くれならずとも免疫学者にも避けて通れない哲学のテーマではないでしょうか。
北の国からで流れた名曲“I love you”を作った尾崎豊は、少年時代に躰道で精神力と感性を培った一人でした。彼の作った歌の中で「きつくからだ(躰)、抱きしめ合えば、、、」で、躰道の躰の字を使っています)。カラオケの際にご確認を。

執筆: 琉球大学 医学部免疫学教授 田中勇悦先生