1.発作性夜間血色素尿症(PNH)とは
PNHは、GPI(Glycosylphosphatidylinositol)アンカーにN-aアセチルグルコサミンを転移する第1ステップの酵素を構成する7つのサブユニットのうち、触媒サブユニットとされるPIG-Aの後天的な造血幹細胞レベルの遺伝子異常に由来し、GPIアンカー型蛋白が合成されず、細胞膜におけるGPIアンカー型膜抗原が欠損する。
(厚生労働科研)特発性造血障害に関する調査研究班によるPNHの診断基準
(平成22年度改定)
1 | 臨床所見として、貧血、黄疸のほかヘモグロビン尿(淡赤色尿~暗褐色尿)を認める。ときに静脈血栓、出血傾向、易感染性を認める。 先天発症はないが、青壮年を中心に広い年齢層で発症する。PNHは,赤血球の補体溶血感受性を検出するHam試験(酸性化血清試験)をもって診断する。 |
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2 | 以下の検査所見をしばしば認める。
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3 | 以下の検査所見によって診断を確実なものにする
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4 | 以下によって病型分類を行う。
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参考
PNH研究の歴史的背景
研究者 | 年 | 成果 |
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Gull | 1866 | 若い皮鞣工における「間歇的ヘモグロビン尿」の夜間および発作性の性格を述べる(PNHの第1例目) |
Strubing | 1882 | PNHを発作性寒冷ヘモグロビン尿と行軍ヘモグロビン尿症から区別し、赤血球自体に問題があることを指摘した。(PNHの正式な第1例目の報告) |
Van den Burgh | 1911 | 酸性化血清における赤血球溶血を指摘した。 |
Enneking | 1928 | ”Paroxysmal nocturnal hemoglobinuria" の命名をした。 |
Marchiafava & Micheli | 1928~1931 | PNHのけるヘモジデリン尿の存在を報告した。(ヨーロッパにおいてはPNHをMarchiafava Micheli syndromeと呼ばれていた。) |
Ham | 1937~1939 | PNH赤血球の溶血における補体の役割を同定し、”Acidified serum test” (Ham test)を開発した。 |
Hartmann & Jenkins | 1966 | 蔗糖溶血試験を開発した。 |
Rosse & Dacie | 1966 | 補体溶血感受性試験(Complement sensitivity test)を開発し、PNH赤血球をPNH I,IIおよびIII型赤血球に亜型分類した。 |
Lwis & Dacie | 1967 | "Anplastic anemia-PNH syndrome"の命名をした。 |
Nicholson-Wellerら | 1983 | PNH赤血球におけるDAFの欠損を証明した。 |
Young | 1992 | 骨髄不全症候群の概念を提唱するとともに、Negative selection仮説を示した。 |
Takedaら | 1993 | PNH血球におけるPIG-A遺伝子の体細胞突然変異を証明した。 |
GPIアンカー型膜抗原の基本構造
ヒト血球におけるGPIアンカー型膜抗原は20数種知られているが、臨床的に重要な補体感受性の亢進はCD55,59の欠損が原因であり、典型例では早朝ヘモグロビン尿を認めるが、本邦では非典型例が多く細菌感染症などを契機に血管内溶血を引き起こす。
PNHに関連するGPI結合蛋白と発現細胞
補体制御蛋白 | |
CD55 | 全血球 |
CD59 | 全血球 |
HRF | 赤血球,血小板 |
酵素蛋白 | |
アセチルコリンエステラーゼ | 赤血球 |
アルカリホスファターゼ | 好中球 |
受容体 | |
CD14 | 単球 |
CD16(FcrRⅢb) | 好中球 |
接着分子 | |
CD48 | T,Bリンパ球,単球,活性化血小板 |
CD58(LFA-3) | 赤血球, 顆粒球, リンパ球 |
CD66b | 好中球 |
CD66c | 好中球 |
CD73 | Bリンパ球, Tリンパ球の一部 |
CD87 | 単球,好中球 |
その他 | |
CD24 | Bリンパ球,顆粒球 |
CD52 | T,Bリンパ球,単球,好酸球 |
PNHは溶血所見を主とする古典的PNH(classical PNH)と再生不良性貧血(AA)など骨髄不全が先行する骨髄不全型PNH(PNH/AA、PNH/refractory anemia-MDS)の2つに分けられるが、さらに溶血所見を認めずGPI欠損血球のみを認める不顕性PNH(PNH-subclinical)が第3の病型に分類される。PNH-subclinicalは、AAや不応性貧血(RA)等で認められる。
2.フローサイトメトリーとPNH
PNH型赤血球の割合は、classical PNHでは数%から数十%まで様々である。4%以下の症例においては従来のHam 試験やショ糖水試験では陰性化することがあるが、FCMではCD59を用いた単染色の解析でも明らかな陽性となる。
PNHにおけるGPIアンカー型膜抗原の欠失細胞とHam試験とショ糖水試験の比較
症例 | 赤血球 | 単球 | 顆粒球 | Ham test |
Sugar Water test |
|||||
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CD59 |
CD55 |
CD59 | CD14 | CD55 | CD59 | CD16 | CD24 | |||
1 | 79% | 85 | 95 | 90 | 91 | 91 | 90 | 92 | + | + |
2 | 30 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 98 | 98 | + | + |
3 | 70 | 95 | 95 | 95 | 95 | 95 | 100 | 95 | + | + |
4 | 4 | 10 | 32 | 15 | 24 | 30 | 33 | 26 | - | - |
5 | 30 | 78 | 85 | 81 | 75 | 76 | 85 | 75 | ± | + |
6 | 4 | 13 | 16 | 30 | 19 | 18 | 15 | 17 | - | ± |
さらに顆粒球を対象にCD55やCD59、さらにCD16やCD24を用いた検索では、赤血球より感度が高く明らかな欠損細胞を検出することができ、多能性幹細胞レベルの異常を感度高く簡便に証明することができる。
各血球におけるGPI型膜抗原の染色性
本検査は、PNHの標準的な診断検査であり、赤血球表面抗原検査(旧 フローサイトメトリーのTwo-color分析による赤血球検査)として保険収載されている。本邦におけるPNHは、欧米に比べPNH型血球の割合が低く、造血不全症状が主体であるため診断が遅れる傾向にある。また近年、新たな治療法として補体成分C5に対するヒト化モノクローナル抗体(エクリズマブ)の有用性が確認されるに伴い、患者予後のためにもFCMを用いたPNHの早期の診断が重要になってきた。しかし、FCM検索における対象血球には利点と欠点があり、以下の点に注意する。
PNH型赤血球は補体による溶血や輸血による希釈、さらに長寿命細胞であることから、骨髄内の現時点での病勢や実際のPNHクローンサイズを測定できできない場合がある。一方、顆粒球は補体による影響を受けづらくさらに寿命が短いことから病勢やPNHクローンサイズの解析に適しているが、顆粒球減少症例では十分な解析ができないことやゲートの設定によっては他系統細胞の混入による偽陽性のおそれがあるなど、両系統の解析が推奨される。
3.フローサイトメトリーによる高感度PNH型細胞の検索
PNH-subclinicalは、AAやRAが基礎疾患であり、AAの約50%、RAの10-30%にPNH型血球を平均0.1-0.2%程度認め、AAの発症後まもない症例では80-90%と高率に認める。
PNH型赤血球 陽性例
AAにおいては、全体的に免疫抑制療法が有効であり臨床的意義は少ないが、AA発症のメカニズムの解明に有用である。RAにおいては、PNH型血球保有症例で免疫抑制療法の奏効率が高く、治療の選択に必要である。また、RAでは血球の形態学的異常が乏しい、血小板減少が著明、染色体異常の低頻度、急性白血病への移行が少ない、HLA-DR15ハプロタイプの高頻度など、陰性症例と臨床的に区別される。
PNH型血球の割合は、赤血球と顆粒球において大きな差を認めず、classical PNHのように血管内寿命の短い顆粒球での検索が有利とは限らない。
解析上の問題点として、AAのように顆粒球の少ない症例では十分な解析細胞数が得られない場合がある。また、RAのように未熟な顆粒球が多く出現すると、解析領域が単球分画と重なる。さらにAAおよびRAともに貧血を伴い、小型赤血球や奇形赤血球の出現が多く、CD55,59の発現が弱いため偽陽性化する症例が多い。いずれにおいてもPNH型血球の検索は、通常と異なり「膜抗原の欠損」を陽性所見とするため、混和不足による染色ムラや、前測定サンプルのキャリーオーバーなど偽陽性化する因子が多く、細心の注意が必要である。また、赤血球と顆粒球の検索には一長一短あり、幹細胞レベルの異常を確認するためにも2系統の解析を心掛ける。
なお、PNH型血球は健常人ではほとんど認めず0.003%未満であり、解析細胞数は赤血球においては少なくとも20万個、顆粒球においては5-10万個以上の解析が必要である。
陽性所見は、赤血球では0.005%以上,顆粒球では0.003%以上が多く利用されている。
<偽陽性化する因子>
<偽陰性化する因子>
4. FLAER(fluorescent-labeled inactive toxin aerolysin)法
GPIアンカー型蛋白に対するモノクローナル抗体は、細胞膜表面のGPIアンカーに結合したCD55,59,16,24,58,66aなどの特異的な蛋白と反応するが、FLAERは共通で利用されているGPIアンカー自体に結合する蛍光バクテリア蛋白(遺伝子組み換えアエロリジン)を使用しており、GPIアンカーを介して血液細胞表面に固定されるすべての蛋白を蛍光標識することとなる。抗体を単独で使用するより複数の抗体をカクテルにして用いた方が高感度になるのと同様の原理であり、複数種のGPIアンカー型蛋白を発現している顆粒球を対象とした場合に有効である。赤血球に対しては、グライコフォリンに非特異的に結合し凝集や溶血を引き起こすため使用できない。なお、陰性コントロールについては、モノクローナル抗体を用いた場合と同様に厳密的なものはなく、FLAER法が保険適応でない点、さらに臨床が求める感度も通常のCD55・CD59カクテル法で十分であることから、取り急いだ測定法の変更は必要ないと考えられる。