フローサイトメトリー誕生物語 -流れの中で細胞を1個ずつ-

W. H. Coulter
W. H. Coulter

Coulter自筆のメモ
Coulter自筆のメモ

1947年、シカゴの自宅の裏の地下の実験室で、Wallace H. Coulter(1913~1998年)は、いつもの週末と同じように、自作の真空管アンプで音楽を聴きながら、一風変わった電気回路を試作していた。当時の彼の研究の対象は、粒子物性を測定することであった。海軍から委託されたこの研究は、摩擦抵抗の少ない、ソナーに見つからない潜水艦を作るための重要な開発に関係していた。

町の発明家Coulterの実験室には、容器を隔壁で2つに分け、その隔壁に小さな穴を開けた試作機が置いてあった。試作機の両側に電極をセットし、片側に塗料分散液を満たすと、液面の高低差で細孔を介して液が流れ込み、そのインピーダンス(電気抵抗)を測定していた。ある猛吹雪の夜、いつものように研究室に入ると、寒さのために塗料が固まっていて実験ができなかった。そこで彼は、塗料と似た粘性を持つサンプルを地下室の中で探した。

検査機器の電気技師の経験のあった彼は、自分の血液を採血し、等張液に分散させ、その試作機で測定してみた。そして、電気抵抗がミリ秒オーダーで変動するのを発見し、これは電気ノイズではなく、血球が移動する際に電気抵抗が増すと仮説と立てた。濃度を変えてみると、変動周期が変化した。血球が細孔を通過する際に電気抵抗が変化していたのである。これがコールター原理の誕生である。その後、彼は試作機に改造を加え、プランクトンや細胞、工業用粒子などいろいろなサンプルで実験を続けた。細孔を通過する粒子の体積と電気抵抗が比例していることを発見した。彼は1949年に特許を出願し、1953年の10月20日に特許登録(特許No. 2,656,506)された。

コールターカウンターA型
コールターカウンターA型

Fuluwylerのセルソーター
Fuluwylerのセルソーター

Coulterは起業し、粒子(細胞)の体積と数を正確に定量測定できる画期的なコールター原理を利用し、コールターカウンターを制作した。従来の顕微鏡を用いて目視で行う煩雑な方法を、世界で初めて自動化した“フローサイトメトリー”の誕生である。当時、分光光度計や顕微鏡にフローセルを装着して、流れの中で細胞を1個ずつ光学的に測定する試みが行われていたが、どれも不正確で実用性の無い試作機であった。レーザーは、まだ発明されていなかった。光ではなく電気に着目したCoulterの勝利であった。

初代コールターカウンター(Model A)の1号機と2号機は、1953年にNIHに納入され評価された。目視法の10倍以上の精度と測定スピードを持つ装置は、論文で高い評価を獲得し、すぐに普及していった。

その後も、Coulterは多用途化や高精度化などの数々の発明をし続け、自動血球計数装置とフローサイトメトリーの進歩に大いに貢献した。また1965年、コールターカウンター(Model C)は、ロスアラモス国立研究所のMack Fuluwylerによって改造され、セルソーターのルーツにもなった。さらに、コールターカウンターは、1964年に発明されたArイオンレーザーをロスアラモス国立研究所のVan Dillaらによって1969年に搭載され、蛍光測定機能を有するようになった。今日のフローサイトメーターのルーツである。

科学者Coulterは、多くの研究者や経営者から尊敬され、数々の賞を受賞し、多くの大学から名誉教授の栄誉を授与された。例えば、1960年には、エジソンやキュリー夫人が受賞したJohn Scott Award for Scientific Achievement、2004年にはNational Inventor’s Hall of Fame (発明の殿堂)を受賞している。また、ジョージア工科大学やエモリー大学は、Wallace H. Coulterバイオメディカルエンジニア部門を、ニューヨーク州のクラークソン大学は、Coulterエンジニア校を有する。

発明から50年以上経った現在も、全世界のほとんどの自動血球計数装置で、このコールター原理(電気抵抗法またはインピーダンス法とも呼ばれる)は用いられ続けている。しかし、Coulterがアポロ計画からヒントを得て、フェイルセーフの設計思想を自動分析装置に初めて持ち込んだ独立三系統測定機構(独立した3つの細孔で同時に三重測定し、目詰まりによる誤データのリスクを低減)は、高精度にこだわるCoulterの自動血球計数装置のみが搭載をしている。

現在、フローサイトメトリーは、新たな進化を遂げつつある。最新のエレクトロニクス技術を活用した高分解能型フローサイトメーター高速型フローサイトメーターの登場である。高分解能型には、コールター原理を搭載している。草葉の陰で、Coulterもさぞかし驚いていることだろう。